第23回 東根さくらんぼマラソン!「苦しさ」を味わい尽くす最高の時間

先週の大会に引き続き、この前の日曜も走ってきました!

今回参戦したのは「ひがしねさくらんぼマラソン」です。

この大会、とにかくものすごい熱気とエネルギーに満ちあふれているんです!

会場にはたくさんの人が集まっていて、いるだけでパワーをもらえるような巨大な大会なのですが、何より素晴らしいのが沿道の応援。

地元の可愛い子どもたちが一生懸命に声を振るって応援してくれて、走っていて本当に力が湧いてきます。

エイドステーションもすごく充実していて、走っている最中にも美味しいさくらんぼやりんごジュースが振る舞われます。

そしてゴールした後には、キンキンに冷やされたフルーツと、美味しいおにぎりのご褒美が待っているんです!

まさに至福のひととき。

そんな魅力たっぷりのさくらんぼマラソンですが、実は1年前のこの大会は、友達と楽しく、ゆっくり10kmを走った思い出の場所でもあります。

それまで長い距離を走ったことがなかった私が、初めて10kmを走りきることができた原点。

「マラソンってなんて楽しいんだろう!」と思わせてくれた、私にとって大切なきっかけの大会なんです。

もちろん、そういう風にみんなで笑顔で楽しむ走り方も、マラソンの素晴らしい魅力の一つで本当に最高なんですよね!

……だけど、今の私は一味違います。

先週の日曜日の大会(ブログにも書きました!)と同じで、最近の私はどうも、あの「走っているときの苦しいこと」自体が楽しくなってきちゃっているのです(笑)。

いや、本当にちょっと前まではね、そうやって限界に挑戦することがただ苦しいだけで、「苦しい思いをすることに、一体何の意味があるのかなぁ?」「苦しいことより、絶対に楽しい方がいいよね!」と思っていました。

私自身の考え方としても、やっぱり人生は楽しいことを選んでいくのが一番だと思っていたので、正直、わざわざ苦しい世界に飛び込むことはかなり嫌っていたんです。

それが1週間前の大会からですね、その苦しいことに挑戦する。

そこに「今まで感じたことのない、全く別の楽しさや価値」があるんだ!と気づいてしまったわけです。

ゆっくり楽しむのも最高だけど、こうしてタイムを追い求めて限界を超えることにも、また違った極上の楽しさ(苦しさがあるからこそ得られる深みのようなもの)があるんですよね。

というわけで、今回も10kmの部にエントリーし、「今の自分の限界を試したい!」と、持てるすべての力を振り絞って全力走してきました。

結果は……やっぱり、めちゃくちゃ苦しかったです!! 息は上がるし、足は重いし、心臓はバクバク。前回の大会と同じように、全力で限界に挑む時間は本当にタフでした。

でも、走り終えた瞬間にこみ上げてきたのは、「あぁ、やっぱりこれ最高に気持ちいいな」という強烈な快感。

マラソンって、究極の「自分試し」であり、これ以上ない充実した時間なんだなと確信しました。

心地よく笑顔でゴールする楽しさも素敵だけど、あえて自分で自分を追い込んで、苦しみ抜いた先にあるあの圧倒的な爽快感を味わう――。

そんな風に、新しい挑戦の喜びを知ることができたのは、私にとって本当に贅沢な経験だなと感じています。

🤝 人生は究極のソロプレイ。だからこそ、仲間との一瞬が輝く

今回の大会では、チャット仲間と合流して円陣を組んで写真を撮ったり、一緒に車で行った3人の仲間たちと励まし合ったりと、最高のつながりを感じることができました。

一緒に会場へ向かった仲間たちも、それぞれが「自分の戦い」を繰り広げていました。

一人はなんと、前日に自転車のロードレースに出場したその足で、翌日のこのマラソンを走るという、文字通り「狂った(褒め言葉です!)」挑戦をしていました。鉄人すぎます。

そしてもう一人、私にいつも刺激をくれる『最高のインスピレーション』である彼女は、「自己ベストを出して表彰台に立つ!」と闘志を燃やし、己の限界にストイックに挑んでいました。

みんなで一緒に現地に行っているけれど、スタートラインに立てば、走るのは自分一人。

これって、なんだか「人生そのもの」だなぁとしみじみ感じました。

アドラー心理学でも言われるように、「自分の課題」を生きられるのは、結局のところ自分しかいません。

最終的に人生のハンドルを握り、自分の足で進むのは一人なんです。

「結局、人生を生きるのって一人なんだよね」

冷たい意味ではなく、今回の大会を通じて、そんな風に深く実感しました。

だからこそ、それぞれの孤独な限界に挑戦している仲間たちが集まり、お互いに

「あー!本当に苦しかったね!」

「あの場所、めちゃくちゃきつかったよね!」と、

お互いの苦しさを吐き出し合いながら熱く語り合える時間が、何物にも代えがたいほど愛おしく、輝いて感じるのだと思います。

最高の仲間たちと、速度や順位は違えど同じ空間で素晴らしい挑戦を見せてくれたランナーの皆さんに、たくさんの刺激をもらった最高の1日でした。

🏃 一人で戦うランナーの「背中」に見た、言葉にならない美しさ

その一方で、会場で見かける「一人で参加しているランナーたち」の姿に、私は不思議と心を惹きつけられていました。

一人で会場にやってきて、黙々と準備をし、限界に挑んで走り、静かに着替えて片付けをして帰っていく。

その一連の「後ろ姿」を見ているうちに、ふと、その人たちの心の中を想像してみたんです。

「この人は今朝、どんな思いで布団から出てきたんだろう」 「どんなことを考えながら、一人で車を運転してここまでやってきたんだろう」 そうやって想像を巡らせていくと、なんだかものすごく、人間の持つ「可愛らしさ」や「けなげさ」のような愛おしいものが胸にこみ上げてきました。

全員が全員そうではないのかもしれません。

でも、そこには確かに「自分の中でこうしてみたい!」という純粋な想いだけを胸に、コツコツと準備をし、走り、そして静かに帰っていく素敵な人たちがいたはずです。

たとえば、一人で気合の入った仮装をして走っているランナーの方もいました。

それもきっと、誰かに見せるためというよりは、自分の中で完結している純粋な挑戦の形。

これって、誰も訪れないような深い山奥で、ひっそりと咲く花に似ているなと思ったんです。

誰にも見られず、それでも「自分はここでこうして咲いてみたい」と一生懸命に咲き、やがて自分の中に還るように静かに散っていく花。

誰の評価も気にせず、ただ自分自身のために咲いているからこそ、そこには間違いなく美しく、誇り高い命の輝きがあります。

他人の目を気にする計算高さが一切なく、ただ自分のためにやってみるという純粋な美しさ。そのけなげな姿に、私はどうしようもなく惹かれたのだと思います。

心理学には「自己超越(Self-Transcendence)」という言葉があります。

これは、利害得失や他人の評価を気にせず、ただ何かの目的や自分自身の限界に向かって没頭している状態のこと。

一人で苦しみに耐え、自分の中にある大切な何かを消化(昇華)させていくようなあの後ろ姿。

彼らはまさに、自分自身と深く対話し、自己超越の瞬間を「自己完結」させて生きていたのだと思います。

そう、人生もマラソンも、最後は自分との戦い。

さあ、私の「次なる苦しい挑戦」はどこへ向かうのか……?

これからも自分だけの「自己完結」を、全力で楽しんでいきます!

心理カウンセラー 木村裕

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