世間一般で言われる「成功」って、なんだかキラキラした飾りが重そうについて回りますよね。
高い地位、華やかな名誉、そして通帳の数字が「えっ、電話番号?」ってくらい並んでいること。
もし、その「世間のモノサシ」で今の私を測るなら、私はもう, 見事なまでに何一つ持っていません(笑)。
誰もがうらやむような財産があるわけでもないし、世間に誇れるような立派な肩書きが目に見える形であるわけでもないからです。
けれど、もし今「あなたは成功者ですか?」って神様に聞かれたら、私は最高の笑顔でこう答えます。
「はい! 私は間違いなく、今この瞬間を最高に生きている成功者です」って。
◆ 苦しささえも「人生のスパイス」
もちろん、毎日が「わーい! 楽しいな!」だけで終わるわけじゃありません。
自分のやりたいことを突き進む道は、時に「あれ、ここ断崖絶壁?」ってくらい、心細くて苦しい時もあります。
「もう、やりたいことだけ食べて生きていけたらいいのに……」って、布団の中で丸まる夜だってあるんです。
でもね、その「苦しさ」こそが、私が自分の人生のハンドルを握っている証拠なんです。
かつての私は、どの山に登ればいいかも分からず、ただ平坦な道で「どこ行けばいいの?」って迷子になっていました。
それに比べれば、穏やかな風を感じながら「こっちだ!」って自分のペースで山を登っている今は、なんて贅沢で、ワクワクする時間なんでしょうか。
★ 山登りが一番面白いのは「登っている最中」

山登りって、頂上に着いた時がゴールかもしれません。
でも、一番心が躍って、喜怒哀楽が爆発するのは、間違いなく「登っている最中」なんです。
どの山に登るか決めて、一歩踏み出す。自分の足で、一歩一歩、景色が変わっていくのを味わう。
この「プロセス」そのものが、私にとっての成功なんです。
結果がどうなるとか、目標を達成できるかなんて、実は「おまけ」みたいなものなんですよ。
🌿 「人生のフルコース」を味わい尽くす
さて、ある程度「今の自分、最高じゃん」って満足している私が、これから何をしたいか。
それは、この人生を「まるごと味わい尽くす」。これに尽きます。
人生という時間は、神様からもらった期間限定のチケットです。
そのチケットを使って、これから訪れるすべての感情を味わいたい。 キラキラの喜びはもちろん、ドロドロの苦しみも、涙が出るほどの悲しみも。
単に「美味しい」だけじゃありません。時には震えるほどの苦味や、喉を焼くような辛味、そんな色んな味がある。
自分の身に起きることだけじゃなく、この世界の動きや、誰かの人生に起きていること、それを見て自分がどう感じるか。
そうした世の中のあらゆる出来事や感情のすべてを、一皿ずつ丁寧に「味わい尽くしたい」んです。
……そんな風に「どんな出来事も味わい尽くす」なんて言っていると、「じゃあ、もし今あなたが急に死んじゃっても、それでも『楽しい、味わい深い』って言えるの? 残された娘さんはどう思うでしょうか。それでもあなたはいいんですか?」という厳しい問いかけをいただくかもしれません。
もちろん、私が先に旅立てば、娘はひどく悲しみ、涙を流すでしょう。
でも、私はそれさえも、彼女が人生で味わうべき大切な「一皿」だと思っているんです。
親が一生懸命に自分の山を登り、最後は「あぁ、面白かった!」と笑って幕を引く。その背中を見せること。そして、残された者が向き合う「別れの悲しみ」を通して、命の尊さを知ること。
それは親に限った話ではありません。たとえ小さく短い命だったとしても、その人生が放った一瞬の生命の輝き、その光を周囲がしっかり受け取ること。
それこそが、去りゆく者が遺してくれる真の「プレゼント」なのだと私は思うのです。
「それは勝手な言い分だよ」と否定的に捉える人もいるかもしれませんが、どんな最期であっても、その人が懸命に生きた証を光として受け止めること。
それが、残された私たちにできる最高の手向けになるんじゃないかな、と私は信じているんです。

🌈 「続きは次の人生で!」(…かもしれない)
私は今、ようやく「自分の本質」に気づき、自分だけの山を見つけました。
だから、もし今この瞬間にエンドロールが流れたとしても、私はきっと「あー、面白かった!」って後悔せずに席を立てる気がします。
あ、もちろん死ぬ気なんて全く、さらさらありませんよ!
ただ、「もし今、急に死んじゃったら」といざその時を想像してみると、少しは後悔することもあるかもしれませんね。
大好きな猫ちゃんや、大切な家族、友達に「ちょっと先に行ってるね!」ってちゃんと挨拶をしておきたかったな、とか。
でも、それもきっと大丈夫。
私は「人生には続きがあるんじゃないかな」って、ある程度、信じているんです。
100%絶対!とまでは言い切れませんが、「そうだったらいいな、面白いな」くらいの軽やかな感覚です。
もし今回、登りきれなかった山があっても、やりたかった遊びが残っていても、「続きは次の人生で!」って、軽やかにバトンタッチすればいい。またあっちの世界で会えるはずですから。
この「また会える」という死生観については、私の別のブログ「黒との対話」などでも詳しくお話ししています。もしよかったら、こちらの記事も覗いてみてくださいね。
第1話「会いたい人には、いつでも会える!〜愛猫・クロが教えてくれた、不滅の想い〜」
地位も名誉もお金も持ってないけれど、私は今、自分の足で人生の山道を一歩ずつ踏み締めています。
だからこそ、人生の幕が閉じる時、「最高の山登りだった。全部、味わい尽くしたよ! じゃ、また次でね!」って笑って終われる。
もしあなたが今、暗闇の中で「自分の山」を探してウロウロしているなら。
あるいは、道の険しさに「もう無理〜!」って座り込んでいるなら。 思い出してください。
「あ、私はこの山を登りたかったんだ。これが自分なんだ」と気づいて、ひょいっと最初の一歩を踏み出したその瞬間に、あなたはもう、結果なんて関係なく、立派すぎるほどの成功者なんですよ。
🌿あなたへの問い
「誰にも褒められないとしても、あなたがただ『好きだから』という理由だけで続けていたいことは何ですか?」
🌈 今回のテーマをより深く考えたい方へ
私が今回お話しした「存在そのものの価値」や「死というギフト」について、さらに深い洞察を与えてくれる本をご紹介します。
■ 岸見 一郎 著『嫌われる勇気』「人間の価値は、何かを達成することではなく、ただそこに存在することにある」というアドラー心理学の教えは、旅立った命を肯定する大きな力になります。 https://amzn.to/4u82YEX
■ 田坂 広志 著『死は存在しない』 最先端の量子科学から「死後、私たちの意識はどうなるのか」という問いに答えてくれる一冊です。私たちの想いや絆は、肉体が滅びても宇宙の記録(ゼロ・ポイント・フィールド)の中に残り続け、決して消えることはない。そんな、科学と宗教が融合した新しい死生観が、深い安心感を与えてくれます。 https://amzn.to/46ydgUQ

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