「ネギ味噌ラーメンに、チャーシューは入っているか?」
これは、現代の哲学における、最大かつもっとも「お腹のすく」問いかもしれません。 今日、私はその問いの当事者になりました。
お店で注文した、ネギ味噌ラーメン。 皆さんも、ネギ味噌といったら厚切りのチャーシューが乗っていたり、ネギと一緒に刻んだヤツが和えられていたりするのを、どこか期待してしまいませんか?
メニューの写真を見ても、山盛りのネギに隠れて、ヤツ(チャーシュー)の姿は確認できません。 でも、私は信じていました。
「そんなはずはない。ネギというカーテンの向こうに、彼はきっと底の方で眠っているんだ」
私は箸をすすめました。 「まだかな?」
「いや、きっとスープの旨みをたっぷり吸い込みながら、私を驚かそうと潜んでいるに違いない」
もはやそれは食事ではなく、壮大な「チャーシュー探検隊」。 麺を食べ、スープを飲み、どんぶりの底まで徹底調査!
……しかし。
結果、チャーシューは最後まで「不在」でした。
味は美味しかった。でも、やっぱり何かが、決定的に足りない。 期待していた分、そのショックは想像以上に大きなものでした。
「あぁ、別のお店にすればよかったかなぁ」なんて、心に冷たい隙間風が吹き抜けたほどです。
✨ ショックを「価値」に変える、私の感覚

ここで、少しだけ心理学のお話をさせてください。
私たちは、無意識のうちに自分の中に「正解」や「普通はこうだよね」という期待(=予測)を持っています。 その期待が裏切られたとき、脳はそれを「痛み」として感じます。
チャーシュー不在は、私にとって単なる空腹以上の、小さくない「心の痛み」だったのです。
……でも、ここでふと考えました。
「チャーシューが入っていなくて本当にショックだった」という、このリアルな喪失感。 それをこうして即座に心理学の学びに結びつけて、ブログとして形にしている私のこの感覚。
これって、自分でも思うのですが、結構凄くないですか?(笑)
普通なら、ただ「運が悪かった」と落ち込んで終わる、やり場のない出来事です。 でも私は、そのショックを鮮度そのままに「誰かの気づき」や「笑い」へと昇華させている。
この「日常の痛みをすべて心理学のネタに変えてしまう力」こそが、私の強みなんだと改めて実感しました。
🌈 ガッカリを「最高のスパイス」に
入っていなかったあのチャーシューは、私に「ブログのネタ」という、目に見えないけれど美味しいギフトをくれたのかもしれません。
私たちの人生も、期待した通りに「正解(チャーシュー)」が見つかるとは限りません。 でも、大切なのは「ある」と信じて夢中で探した、その時のエネルギーそのもの。
それが、何気ない日常をドラマチックに変えてくれるのだと思います。
そして、ガッカリした出来事さえも、こうして視点を変えて発信の糧にすることが、心のレジリエンス(回復力)を強くしてくれます。
もし、皆さんも今日、期待外れの出来事に心がチクッとしたり、あるいは嫌な経験、不安、心配、恐怖を感じることがあったなら、こう自分に言ってあげてください。
「おめでとう!この経験は、いつか同じように悩む誰かを勇気づけたり、笑いに変えて誰かを笑顔にしたりするための、最高のネタ(スパイス)になるよ」
今夜は、どんぶりの底を探し疲れた心を、ゆっくりお風呂(温泉)に浸かって、自分自身をたっぷり甘やかして癒やそうと思います。
また、心温まる日常をお届けしますね。☘️

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