おばちゃんの「ごめんね」と、魔法の飴玉

今日は家族3人で選挙へ行き、 その帰りに近くのお蕎麦屋さんへ寄ってきました。

お腹いっぱいお蕎麦をいただいた後、 お店のおばちゃんが娘に向かって、 ニコニコしながら声をかけてくれたんです。

「お姉ちゃん、飴玉なめない?」

実は私の娘、現在高校3年生。

お会計の時に「今、何年生なの?」と聞かれ、 「高3です」と答えた瞬間の、 おばちゃんのリアクションといったら!

「ええっ!そうなの!? ごめんね、てっきりもっと小さい子かと……!」

気まずそうに、でも心底びっくりして謝るおばちゃん。 その様子がなんだか可愛らしくて、 家族みんなで思わず笑ってしまいました。

🍀 幸せは「受け取り方」で決まる

高校生が小学生に間違われる。

これって、実はすごいことかもしれません。 それだけ、娘が「飴玉をあげたくなるような」 純粋な雰囲気をまとっていたということですから。

娘は娘で、間違えられたことを気にする風でもなく、 もらった飴を大切に持っています。

帰りの車の中で、静かにその飴をなめている 彼女の姿を見て、「あぁ、素直な人だな」と感じました。

おばちゃんの「喜ばせたい」という小さな気遣い。 そして、それをそのまま「ありがとう」と受け取る娘。

「正しさ」を証明することよりも、 差し出された「優しさ」をそのまま受け取ってしまう。

その潔さが、おばちゃんの「ごめんね」を、 家族の「笑い」に変えてくれたんです。

🍀 幸せを呼ぶ心のレシピ

もし、この世界が「正解」ばかりを求める場所だったら、 おばちゃんの勘違いは「失礼」になっていたかもしれません。

でも、そこにある善意をそのまま受け取ってしまえば、 勘違いすらも「癒やし」に変わります。

おばちゃん、温かな気遣いをありがとう。

飴玉ひとつで、世界はこんなにも優しくなる。 そんなことを教わった、穏やかな日曜日でした。

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